心配される側

そろりそろりと忍足で家の敷地をくぐり、玄関のチャイムをそっと押す。
今日は平日だから、かっちゃんのご両親はいないはず。留守なのかなぁ、と玄関の隣の窓の方を見ると、相澤先生と目が合った。
相澤先生はいつもの服じゃなくて、フォーマルな服だ。家庭訪問だろうか。

「はーい、あら、名前ちゃん」
「あ、こんにちは。すみません。今、その、大丈夫ですか……?」
「勝己いるわよ。ただちょっと今お客さん来てるから出直してもらう……のはあれだし、中で待っててもらってもいい?」
「あ、いや、そんな大した用事ではないので、今日じゃなくても、あの、」
「とりあえず中に入って。今日は風強いから外にいるの大変じゃない?」
「じゃあ、すみません。お邪魔しまーす」

玄関には男物の革靴が置かれていた。きっと相澤先生のだ。相澤先生の靴の横に私の靴を並べて家に上がる。
家庭訪問だろうか。やっぱりヒーロー科は普通科とは違うのかもしれない。
かっちゃんママのうしろについて移動する。相澤先生のいるリビングを横目に案内された先はかっちゃんの部屋だった。

「いいんでしょうか……?」
「いーのいーの。ごめんねーゲストルームとかなくて」
「いや、すみません。急にお邪魔しちゃって」
「勝己ー。開けるわよー」

かっちゃんママはかっちゃんの返事をも聞かずに開けたから、てっきり部屋には誰もいないと思っていた。
でも、かっちゃんは部屋にいた。机に向かって勉強していて、こちらを一目見ると「聞こえてた」と言った。

「お邪魔します……」

そろりそろりと部屋に入るとかっちゃんママが部屋から出ていった。扉の向こうから「変なことしないように!」と冗談めかして声がかけられた。

「しねーーーよ!」

かっちゃんは扉に向けて叫ぶと、私に向き直る。

「お邪魔してごめん……」
「何で来た」
「ごめん……」

かっちゃんは無言でスマホを取り出すと、電話をかけようとした。

「やめてやめてチクんないで! 暇なんだもん! 匿ってよ!」

私がかっちゃんの家に来たのは、家に閉じ込められてたからだ。医師から日常生活を送っても大丈夫だと言われているのに、私はほとんどベッドの上で過ごしていた。
私は寝ていなくても大丈夫なのに、みんな「寝ていなさい」とベッドに縛りつける。

「病人は家で寝てろ!」
「嫌だぁ~~。もう治ってるし暇すぎて別の病気になる」
「とりあえずベッド貸すから横になっとけ」

ほらよ、と綺麗に整えられた布団をめくる。シンプルな布団の周りには何も置いていなくて、タブレットやら本やらを置いている私とは大違いだ。

「かっちゃんまで私を病人扱いする~。今体調いいから! 大丈夫だから!」
「今は、だろ」
「じゃあいつならいいの? 私の体調が絶対に悪くならない時っていつ? それならいいの? ねぇいつになったら私は“普通”に、“普通”の健康な人みたいにしていいの?」

かっちゃんは黙ってしまった。黙らせたのは私だ。

「……なんてね。困らせてごめん。はーー、なんかしよ! 一緒に遊んで!」
「遊んでって、名前……」
「何? 高校生にもなってトランプは嫌?」

私が取り出したトランプをじっとみているから、かっちゃんはトランプが嫌なのかと思った。

「いや、やる」

かっちゃんの部屋を物色する気はないし、ゲーム機とかあってもやっていいのかわからない。だから、トランプを持参した。私はトランプと携帯のみでかっちゃんの家を訪問した。
カードを配り終わって、さぁはじめようというときにかっちゃんの手が止まった。
カードを眺めながらも、カードを出さない。

「はやくー」

何してんだろ、とかっちゃんの方を見ると左手が不自然に後ろにあった。

「高校生にもなってズルしないでよ」

そう言ってかっちゃんの後ろに回る。かっちゃんが左手に持っていたのは携帯で、それは私の家に電話しようとした画面だった。

「わー! かっちゃんやめてー!!!」

出そうと思った声より大きな声が出た。かっちゃんは驚いていて、私も驚いた。
かっちゃんの携帯を奪おうと身を乗り出す。バランスを崩したかっちゃんに、バランスを崩した私が重なる。

「あっぶ……」

かっちゃんは受け身というのかな、私を受け止めつつ、私の下敷きになった。
私もとっさに腕を床についたけれど、かっちゃんの上に覆いかぶさるような体勢になってしまった。

「大丈夫か!?」
「ごめんどくね。私は大丈夫。かっちゃんは? どこか打ったりしてない?」
「俺は平気――」

廊下を走る音と、ドアを大きく開け放つ音が響いた。かっちゃんママと相澤先生はかっちゃんの部屋の入り口にいた。

「勝己ィ!!」「爆豪!」
「ちげーーーよ!」
「名前ちゃん大丈夫? どうしてそんなことに?」

駆け寄ったかっちゃんママは私の肩を抱いて、かっちゃんを引き離そうとかっちゃんを押しのける。

「かっちゃんがいけないんです……。チクろうとするから……」
「そっちじゃねぇ! お前らが思ってんのとちがうわ! 名前が俺のスマホ奪おうとして転んだんだよ!」

かっちゃんママはその言葉を聞いてかっちゃんから手を離す。そしてかっちゃんが起き上がれるように手を差し出した。

「ちゃんとクッションになってえらいじゃない」

かっちゃんは素直に手をとらない。自分で起き上がって私に携帯を見せる。

「もう電話したからな」
「え!? いつの間に」

かっちゃんのスマホには発信履歴がちゃんと残っていて、電話の先は私の自宅だ。

「もう寝てろ!!」

かっちゃんはそう叫ぶとベッドを指さした。相澤先生はこの状況をただじっと眺めていた。

「叫ばないでよ心臓止まるかと思った!」
「笑えない冗談はやめろ!!」

かっちゃんは私の腕を掴んでベッドに引っ張る。その瞬間にぐわん、と視界が傾いて世界が回った。
これはかっちゃんが引っ張ったからじゃない。血の気がひいていくのが分かる。体が熱くて寒くて、気持ち悪い。
自分では大丈夫だと思っていたのに。急に起きた目眩のせいで立っているのも難しくてしゃがもうとした。
膝を曲げると、かっちゃんの腕が背中に回る。上半身が支えられて、抱き抱えられる。そうしてベッドに寝かされた。

「ごめん……」
「謝んな」
「手、握って……」

瞬きをしたら涙が溢れた。ぐちゃぐちゃの視界がさらに歪む。
かっちゃんの手は温かい。視界じゃなくて、自分の手に意識を集中させようとした。かっちゃんがどこにいるか目で追わなくても、ここにいてくれるって分かるから。

「一緒にいてやるから」
涙が溢れるのは悲しいせいじゃない。多分そう。体調が悪いといつも涙が出る。

「ありがとう」

あぁ、かっちゃんの匂いだ。そう思えるってことは少しは落ち着いてきたのだろう。
普段から体調がよかったら、助けられずに済むし、迷惑もかけなくて済むだろう。
でも、私は助けてくれる人がいるって知ってしまった。頼らなくても、頼っても、かっちゃんは助けてくれる。いつもそう。私は助ける側にはなれなくて、助けられる側。

「ありがとう、かっちゃん」

助ける側のかっちゃんが私を助けてくれるから、助けられる側でいられる。

 

――――――

 

お題箱からのリクエストでした。
『ハルメキのジュブナルの主人公ちゃんの病弱ぶり?をもっとみたいたいです。そしてかっちゃんに心配されて欲しいです。』
リクエストありがとうございます!!