アズールの姉がNRCを訪問する話

※三章のネタバレがあります。

心配性なアズールの姉がナイトレイブンカレッジを訪問する話。

何かあったらすぐに駆けつけちゃうモンスターペアレントならぬモンスターシスターのアズールの姉。

三章終了してから少しあとです。

ネームレス夢です。

 

 

「アーシェングロットの姉です! 弟に会わせてください!」
「まぁまぁ落ち着いてください」

学園長室でアーシェングロットの姉と言い張る女性が学園長に向かって叫んだ。

「アズールが大変なことになったと聞きました! アズールは大丈夫なんでしょうか!!」

彼女は思ったより大きな声が出たと驚き、よろけて転んだ。

「陸にはあまり来ないものですから」

自称アーシェングロットの姉は腕をついて起き上がろうとした。しかし、何度試しても起き上がれず、這いつくばったまま起き上がるのを諦めた。

学園長はため息を吐いて失礼します、と立ち上がる彼女の身体を魔法で支えた。

「椅子をお貸しします。私、優しいので」

クロウリーは椅子を差し出しながら考えた。銀色の髪や青みがかった灰色の瞳はアーシェングロットとそっくりだと。

「身内でも生徒と面会は出来ません。お引き取りください」

椅子に座った女性は斜め下を向いて不安げに言った。

「オーバーブロットを起こした家族にも会わせてくれないなんて……。ナイトレイブンカレッジでは名門の名を守るため、オーバーブロットを起こした事実を抹消するのに躍起になっているという噂もありますし……。アーシェングロットは学校に消されてしまったのでしょうか……」

クロウリーはため息を吐いた女性に折れた。
このままではあることないこと吹聴されてしまう。生徒の無事を確認して一刻も早くお引き取り願おうと方針を変えた。

「アーシェングロットくんに確認を取ってきます。そこから動かないで下さいね」
「言われなくても動けませんので」

そう言って自称アーシェングロットの姉はにっこりと微笑んだ。

 

「アーシェングロットくんはいらっしゃいますか!」
クロウリーは大食堂に乗り込みながらアズールを探した。
食堂は突然現れた学園長に驚いた生徒たちが響めく。なかには「今度は学園長にも怒られるようなことをしたのか」とニヤニヤ笑う者さえいた。

アズールは周囲の声も無視して、ジェイドとフロイドに向かってブツブツとしゃべっていた。テーブルの上には食堂の新メニューがあり、それについてアズールは分析していた。

「アズール探されてんじゃ〜ん」
「アズールも探されていることに気づいてませんね」

しばらくして、アズールはテーブルの上にある食べかけの食事を一瞥すると顔を上げた。

「……というわけです。僕の話、聞いてました?」
「はい。もちろん聞いていましたが、途中から学園長が呼んでいましたよ」
「そー。ほらすぐ側に学園長~」
「学園長が?」

アズールが二人の視線に導かれるように振り向くと、そこには学園長がいた。

「が――」
「突然ですがアーシェングロットくん、アーシェングロットくんにお姉さまはいらっしゃいますか?」

驚いたアズールの声を遮った。アズールはその学園長の様子からただ事ではないと感じて焦った。姉の身に何かあったと思ったのだ。

「姉が!? 姉がどうかしたんですか!?」
「落ち着いてくださいアーシェングロットくん。お姉さまはいらっしゃるんですね?」
「は、はい。います」

アズールはコクコク頷いた。

「年の離れたお姉さんがいますよね。今は働いていましたっけ?」
「まさか危篤とか~」
「そうではありません」

アズールはほっとして溜息を吐いた。

「実は、学校に来ていらっしゃるんですよ」
「えっ!? どうして……!?」
「以前アーシェングロットくんがオーバーブロットを起こした際にご家族にも連絡しました。その連絡を聞いて、いてもたってもいられなくなったそうです」
「……うちの姉がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「そこで、お姉さまに会ってきてくれませんか? アーシェングロットくんの無事確かめるまで帰らないと宣言されてしまいまして」
「――分かりました」
「えーアズールのお姉ちゃん来てるのー? オレも会いたーい」
「僕も会いたいです」
「ダメです。会うのはアーシェングロットくんだけにして下さい。アーシェングロットくん、学園長室に行きましょう」

クロウリーはにっこり微笑み、アズールと食堂を後にした。

 

クロウリーとアズールが去った後、ジェイドとフロイドはニヤニヤしていた。
「学園長室って言ってたよねー」
「学園長室にアズールのお姉さんがいるのでしょう」
「つまり、学園長室に行けばアズールのお姉ちゃんと会えるんだよね〜」
二人はアズールが分析したのと同じランチを食べながら言った。

 

 

 

 

アズールは姉が心配でそわそわしていた。なぜなら、姉は普段珊瑚の海にいて、陸に行くことは滅多にない。薬を使っても、二本の足で歩くのはアズールにとってかなりの時間を要したのだから、陸の上で怪我をしている可能性があるからだ。

アズールは学園長に続いて学園長室に入った。姉は柔らかそうな椅子に座っており、怪我はしていないように見えた。

アズールがホッとしたのと同時に、アズールの姉は目を輝かせてマシンガンのように話し出した。

「アズーール!! 久しぶり! 元気? 体の調子はどう? お姉ちゃんアズールがオーバーブロットしたって聞いて心配になっちゃって。今は大丈夫なの?」

アズールはまくしたてる姉と学園長をアズールは交互に見た。学園長は微笑んでアズールを見ていた。

「それより姉さん。お姉さんはどうやってここに――」
「だからアズールが心配になっていてもたってもいられなくなったのよ!」

アズールは焦っていた。当然の身内の訪問、しかも小さい頃から慕っている姉に学園長に聞かれたくないことを話されるかもしれないと冷や汗をかいた。

「そうではなく、どうやって人間になる魔法薬を手に入れたのですか?」
「あぁ、作ったのよ」
「作った!?」
「そうよ。手に入らなかったの。自分で作っていたせいで時間がかかっちゃった」

姉は頭がいい。彼女は自分がアズールよりも少しだけ長く生きているからと言っているけれど、個人で人間になる薬を作るなんてすごいことだ。

「足は二本しかないし、十本もある足の指はあんまり動かないし、空気中は重力がキツいわぁ。アズールはこの姿で授業を受けるなんてすごいねぇ」

アズールは姉に褒められて照れた。顔を赤くして口角が上がる。
慕っている姉に褒められるのは嬉しい。

姉のことを考えていると学園長に名前を呼ばれた。
「アズールくん」
「はっはい!」
「確認が遅くなりましたが、この方は貴方のお姉さまですね?」
「そうです」
「では私は退席しましょう。アズールくんのお姉さま、どうぞ心配ごとがなくなるまでアズールくんとお話し下さい」
「まぁ、ありがとうございます」

姉は座ったまま頭を下げた。途端にバランスを崩しそうになって、慌てて元の姿勢に戻った。
姉を支えようとするアズールの姿を見て、クロウリーは学園長室を出た。

「それよりアズール、もう身体は大丈夫なの?」
「十分な休息も取ったし、お姉ちゃんが心配するほどではないです」
「本当に平気? しばらく家に帰って休んでもいいんだよ?」
「平気ですって! お姉ちゃんこそ大丈夫ですか? 陸は慣れないと辛いでしょう?」
「そうね。でもアズールも頑張っているから平気」
「無理しないでくださいね」

姉は座り方を変えた。きっとその姿勢が座りやすいのだろう。そして真剣な顔になった。

「あのね、アズール。オーバーブロットを起こしたって聞いてとても驚いたの。そんなに魔法を沢山使わないといけないなんておかしいわ。学校の授業はキツいの? 陸の学校は通ったことがないけれど、ほとんどの生徒が陸出身なのでしょう? 学校はそんなに無理しなければいけないの?」
「確かに、求められる身体能力は陸出身者を基準にされていると感じますが、無理はしていませんよ」

バルガス先生の授業は、足が二本になって少ししか経ってない自分にはキツい。それでも、アズールは寮長になるだけの実力がある。勉強も出来るし、モストロ・ラウンジも上手くいってる。

「本当に? アズールは努力家だもの。無理していない? 寮長も大変じゃない?」
「大丈夫ですよ。無理はしていません」

姉はこれは一応聞くのだけれど……と、不安げに言った。

「ねぇ……いじめられたりしていない?」
「――心配しすぎですよ」

いじめられてはいない。直接は悪口を言われることはない。
今はグズだとか、ノロマだと言われたりもしない。テストは相変わらず満点をキープしているから、勉強が出来ない馬鹿だとも言われない。

「そう? 単なる私の心配しすぎならいいの。でも、しばらく家に帰ってゆっくり休んでもいいのよ?」
「大丈夫です。僕は寮長としても上手くやっていますし、友達だっています。先ほどもジェイドとフロイドとお昼を食べていたところを学園長に呼び出されたので」
「それは悪かったわ……。ごめんなさい」
「いえ、ジェイドとフロイドもお姉ちゃんに会いたいと残念がってましたよ」
「そう……。仲良くやっているみたいで良かったわ。忙しい中訪問してごめんなさいね」

シュン、と姉が項垂れると同時に学園長室の扉が開いた。

「失礼しまぁーす。学園長いないじゃーん。ラッキー」
「僕も失礼します」

ジェイドとフロイドが学園長室にズカズカ入って、アズールの隣に座った。

「ジェイド! フロイド! 久しぶりね!」
「なっ、二人とも会うのは僕だけだって学園長に言われましたよね!」
「オレたちは、たまたま学園長に聞きたいことがあって、たまたま学園長室の扉を開けたらアズールのお姉ちゃんがいただけだから」
「その通り。たまたまアズールのお姉さまに声をかけられたのでお話しするだけです」
「まぁ! それなら私の対応をしてくださる? 私が話しかけたんだもの!」

姉はニコニコしてアズールに同意を求めた。

「僕は止めましたからね」
「まぁ、アズールは相変わらず優しいわぁ。海の魔女みたいね!」
「恥ずかしいからやめてください!」

アズールは真っ赤な顔で姉を睨んだ。睨んだのは目だけで、口元は緩んでいる。

「あ〜アズール怒ってる〜。そんなに恥ずかしいの〜?」
「きっとお姉さんを取られてヤキモチを焼いたのでしょう」
「違います!」
「オレたちからすればアズールの方が羨ましいけどね〜。いいな〜弟だもんな〜」
「フロイド!」

学園長室のドアが開いた。そこには学園長が立っていた。
ジェイドとフロイドはビクッと肩を揺らした。

「やっぱりいましたか」

学園長がそう言うと、二人は立ち上がる。

「そういえば、学園長にお話があったのでここに来たのでした。偶然とはいえお話しできて良かったです」
「オレも〜。ありがと〜」
「ジェイドもフロイドも、私が話しかけちゃってごめんなさいね」

ジェイドとフロイドは学園長に背中を向けたままありがとう、と口だけ動かした。

「失礼しました」
「失礼しました〜」

ジェイドとフロイドは手を振って学園長室から出て行った。

「アーシェングロットくんも、今日は寮長会議があるのだからそれには間に合わせるように」
「はい。すみません」

学園長はやれやれ、と学園長室から出て行った。

「アズール、本当にごめんなさいね。最後にもう一度聞くけれど、本当にもう大丈夫なの? ちゃんとご飯食べてる?」
「心配されるようなことはありませんよ」
「あ、そうそう! カルパッチョ持ってきたのよ〜。そろそろ食べたくなってきた頃かと思って」

姉は大きな容器を取り出した。その中にはカルパッチョがぎっしり詰まっているのだろう。

「しかし、こんなに沢山持ってこられても――」
「独り占めするつもり? みんなで食べられるようにいっぱい持ってきたのよ。お友達と食べてね」
「そうでしたか……」
「でもアズールに会えてよかった。一応元気そうに見えるもの」

一応は余計かしら?と姉は笑った。

「あの……僕もお姉ちゃんに会えて嬉しかった」
「それはよかった。また何かあったら言ってね」
「お姉ちゃん……みんなの前ではやめてほしいけど、心配されるのは嫌では、ないよ……」
「お姉ちゃんはアズールがいい子でも悪い子でも大好きだからね」

アズールは幸福で満たされた。姉だけはミドルスクールでも、家でも、常に味方になってくれた。例えまたオーバーブロットを起こしたとしても姉は心配して駆けつけてくれるのだろう。
そうしたら、少し恥ずかしいけれど、会えたら嬉しいと僕は感じるのだろう。