私の方が愛されてるもん

甚爾の娘 恵が生まれた後、次の女との間に生まれた子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日曜日は幸せな日。夜になるとパパが帰ってくるし、ママは仕事が休みで三人で眠れる。ママは日曜日以外仕事で、私が眠る前に家を出る。朝起きるとママは眠っているけれど、月曜日の朝だけは別。だって日曜日はパパが帰ってくるからママと一緒に豪華な夕食の準備をして、三人でご飯を食べて、ママとパパも早寝で、名前が起きるとママがパンを焼いてくれている。
パパと一緒にジャムを塗ってご飯を食べて、パパとママと手を繋いで子ども園へ。
いつもはパパだけが送り迎えをしてくれるけど、月曜日は別。子ども園に入ったらママとパパと一緒にいられない。帰りのお迎えはパパだけ。ママは仕事に行っている。

パパがお迎えに来なくなって、新しいパパが出来て、私は上手くやっていたと思う。
新しいパパのことをちゃんと「お父さん」って呼んだし、子どもらしく可愛く振る舞った。お父さんは青い目が気に入らなかったようだ。
「その目は父親譲り?」
「違うよ。パパの目は真っ黒だよ」
「嘘をつくな」
お父さんは私のことが気に入らないと叩いた。ママの前では私に対して優しくしたけど、ママがいないところで、私をいない者として扱った。小学生になると、青い目が気に入らないのはお父さんだけではないと知った。
パパはこの目を「天下を取るお姫様」と言って褒めてくれた。ママは「世界で一番綺麗な宝石」と言ってくれた。私はパパとママの特別だった。
私は他の人と違ってよく眠る方だった。他の人を知ると自分の違いを知る。目が青いのは日本人では珍しいとか、他の人に見えてないものが見えてるとか。
「かまってちゃんがウザい」
虐められるようになって、「普通」の人が見えないものは見えないように振る舞った。怖くても泣くのをやめた。怖いのに遮られても人をちゃんと見た。怖いものの向こう側を頑張って知覚して、人を間違えなくなった。
母が水商売をしているせいか、ママが同級生の母親たちから嫌われているとか、私が不気味だとか、新しいお父さんに邪険にされようがどうでもよかった。
私は私を愛してくれる人を愛する。
ママは私を愛してくれてるし、ビデオを見返せばパパが愛してくれたことはわかる。
パパがいなくなってしまったのは、きっと事故だ。ママは何も言わない。パパのことを言おうとすると話を逸らす。私が子どもだから伝えないのだろう。
いつになったらパパについて本当のこと伝えてくれるんだろう。高校を卒業したら? 二十歳になったら?
パパを知っているのは私とママだけ。
ママは私が中学を卒業する前に死んじゃった。
お父さんはこの世の終わりなんじゃないかってくらい泣いて、私が話しかけても無視して、手を伸ばしたら殴られた。私は母親の部屋で一人でいた。親戚がいないのかと何度も聞かれて、何度も知らないと答えた。ママの部屋の大事な書類を見てくるように言われて、ママの箪笥とかドレッサーを開けた。
印鑑、通帳、運転免許証。それらしい連絡先もなく、電話の近くにはクラスの連絡網しかなかった。
鍵のかかった引き出しの鍵はドレッサーにあって、その中にあったのは私とママの健康保険証、母子手帳。それから、私の名前とここの住所が書かれた封筒。小学生みたいな汚い字はパパの字だ。
中身はビデオ。近くにあったポータブルビデオに入れて再生する。私の運動会とか、お遊戯会とか、パパが沢山撮ってくれた。
ビデオの中には、パパが映っていた。
『聞こえるか?』
パパは一人でビデオを撮っているようだ。パパは画面の真ん中にいなくて、少し端っこにいる。
下の方に机が映っているから、机にビデオを置いたんだろう。
『俺がいなくなって、生活に困ったらこいつのところに行け』
パパは写真を一枚取り出した。そこにいるのは、青い目と白い髪の男子学生。
『こいつが本当の父親だ。五条の家に行けばいい暮らしができる。俺のことは言うなよ。五条の隠し子です。この目が証拠です。って言うんだ。ダメなら加茂の家に行け。禪院はダメだ。禪院の名前を聞いたらすぐ逃げろ。京都には行くなよ。京都にいるが、名前は行っちゃダメだ。そうだな――東京にいけばすぐ見つかるだろ』
パパはパパしかいない。録画された日はパパが帰ってこなくなる直前だった。パパはこんなに優しい。
パパはパパだけ。とーじだけ。音しか知らない。漢字は知らないし、書いてある書類もない。パパについての書類はなかった。
お父さんは私を引き取る気はないらしい。お父さんがダメならどこに行けばいいのか分からない。施設にでも行くことになるのだろうか。
「前の父親のところに行け」
お父さんは私を殴って、酒を浴びるように飲んで眠った。
パパが生きてたらパパのところで暮らせばいい。ダメならパパの親戚のところ。たらい回しにされるような親戚は今いない。
施設に行く前に東京に行ってパパを探す。パパは競馬が好きでよく競馬場に行っていた。五条って学生が着てた制服から学校見つけて行けばパパを知っているかもしれない。
電車の始発の時間を調べる。私はリュックにビデオと、保険証と、お泊まりセットとお金を入れて家を出た。制服を着ていると捕まるから大人っぽい服を選んだ。
始発の電車に乗って、東京駅を目指す。新幹線、のぞみに乗るお金はない。
探すのに何日かかるか分からないから節約しないと。
一番安い方法は6時間かかって、富士山はいつまでも見えたけどちゃんと東京に着いた。

「五条!」
「わー、僕ってば有名人だなぁ」
「名前ね、五条の娘なんだって。この目が証拠ってパパが言ってた。本当なの?」
「先生、その目……」
「六眼だね」
虎杖、伏黒、釘崎の視線が名前に突き刺さる。幼さと六眼を持った子ども。多分年下。
対して慌てふためく様子の五条。自分と名前を見比べる生徒たちに冤罪だよ、と否定する。
「待ってよ、六眼が遺伝するってのは聞いたことがない。それに、年齢が、君いくつ?」
「十四。遺伝子とかで鑑定してもいいよ。パパに会えるなら」
名前のかわいこぶった、ゆっくりとした話し方に自分の呼び方が下の名前。釘崎がぶりっ子、と呟いた。
「パパって……」
もう会ってるじゃねぇか、と恵は首を傾げ、虎杖は名前を庇うように五条と名前の間に入った。
「待って、五条先生。この子の言うパパと五条先生って違うんじゃない?」
「そうなの?」
名前は頷く。
「パパって、どういうこと?」
「パパがいなくなる前に、私の血縁上の父親は五条って言ってた。本当だよ。証拠もある。でも、名前は信じてないの。パパは優しいから、嘘ついてるんだって」
「五条先生利用されたってこと?」
「利用しちゃってごめんなさい。でも、助けてほしいの。ママが死んじゃって、新しいお父さんは名前のこと引き取る気なくて、施設に行く前にどうしてもパパに会いたいの」
「その名前ちゃんの言う証拠、見せて」
「ここに入ってる」
名前はリュックを持ち上げた。中に手を入れてガチャガチャ探して、お目当てのビデオテープを出した。
「ビデオデッキって、高専にあったかな」
「連れてくんですか!?」
「どっちみち連れて行くことになる。報告されてない六眼持ちが発見されたんだ」
「そうですけど」
「名前は血縁上の父親よりもパパのこと知りたいの。高専に行ったらパパに会える? 多分施設に行ったら自由に外出出来なそうだしさ」
「さっきから言うパパって誰だよ」
イライラした様子の恵が訪ねる。
「パパの名前はとーじ。漢字は分かんない」
恵が眉間の皺を深くした。五条が恵を取り押さえる。
名前はそんな姿を意に介さず口を開く。高専ってことは、中学を卒業したってことで、つまり、私の方が年下で、私の方が愛されてた。
「恵さん、パパにすごく似てる。パパの親戚? パパの前の子?」
道路に突き飛ばされた。明確な悪意を持って、殺意を持たれた。
バーーーーーとクラクションが鳴る。私は地面に着く前に車に激突。吹っ飛ばされて、地面に転がる。
「いだい……痛いよぉ、いたい、う、うぅ[D:12316][D:12316]」
名前は泣き喚いた。年甲斐もなく、小さな子どものようにぐずって、その場を動かず、周りの人を無視した。周りには車が止まっていて救急車や警察を呼べ!と怒鳴り声が響く。
「何やってんの伏黒!」
恵は自分の手を見つめている。まるで自分がやったのか疑っているように。
「死ねないんだから、痛いことしないでよ[D:12316][D:12316][D:12316]!!」
名前が大声で叫ぶせいで歩道にいても声がよく聞こえる。
「悠二ちょっと恵押さえといて」
五条は名前のもとに駆け出す。野薔薇は恵にドン引きしているし、悠二は混乱しながらも五条の言いつけ通り恵の側にいた。
恵はポカンと立っているだけで、押さえる必要はなかった。

「何でそんなことしちゃったわけ?」
二人の父親を殺した張本人が恵の事情聴取をするなんて、笑えるね。笑えないけれど、殺さなければ今回の事件は起きなかったかもしれない。
「分かりません」
「殺意はあったの?」
「分かりません」
五条は気持ちは分かるけど、と言おうとしてやめた。気持ちなんて分かられたくないだろう。
「死んでないから殺人じゃない。突き飛ばしたのが名前じゃなきゃ殺人の罪に問われてるんだよ。名前の頑丈さに感謝しなよ。謹慎で済んでるんだから」
「嫌です」
五条は恵の前に人差し指を立てた。
「これ以上は庇いきれない」
呪霊が関係しないところで、人を殺そうとするところを沢山の人に見られた。反抗的な態度は得策とは言えない。しばらくの謹慎とそれより長い接触禁止。互いにその方がいい。
加害者と被害者という関係はある。
名前は煽るようなことを言ったことも含めて調査を進めねばならない。

五条は名前のいる部屋に入ると名前は言った。
「全部名前が悪いの。ごめんなさい。だから養ってください」

 

私の方が愛されてるもん